著:岡村祐聡
Copyright by OKAMURA Masatoshi
POSとは(Problem Oriented System)の略称で、通常日本語では「問題志向システム」などと訳されます。
これは患者さんが現に困っている問題に着目して、それを一つづつ解決していこうとする問題解決技法の一種であり、アメリカのローレンス・ウィード先生が1960年代中頃に考案され、1970年代にハースト先生らのご尽力により全米に普及していきました。
元々は医師のために考案されたシステムであり、医学教育と医療の質的向上のために大きく貢献をいたしました。
日本では聖路加国際病院の日野原重明先生が、1973年に「POS〜医療と医学教育の革新のための新しいシステム」という著作により紹介され、新設の医科大学などを中心に普及致しましたが、日本の場合は医師よりもむしろ看護婦さん達の方が積極的に取り組んで来られたようです。
薬剤師の間では、10年近く前から一部の病院薬剤師が病棟業務などを中心に取り組んでおりましたが、2000年4月の調剤報酬改定において「かかりつけ薬局機能」の評価が盛り込まれたことにより、近年、薬歴と窓口でのケアを有効に結びつける方法論として、注目する薬局が増えてまいりました。
POSに実際に取り組む際に気をつけなければならないことは、POSとは薬歴の書き方そのものではないというということです。
ここを勘違いしてしまうとPOSに取り組んではみたものの、ちっとも薬歴を書くことが出来ずに、結局うまく取り入れることが出来ない、といった結果になってしまうことになりかねません。POSとは患者さんを中心に、自分たちの提供する医療を、問題点ごとに整理して解決を目指そうとする考え方であり、その根本は言わば提供する医療の行動哲学なのです。
もちろん具体的な方法論として、考えた道筋をそのまま記録するSOAPという記録形式があります。これは通常ソープ形式と呼ばれており、このSOAP形式はPOSを実践していく上ではとても大切なものです。しかしそれは薬歴を書くときではなくて、患者さんとお話しているときにSOAPに分析しながら考えることが必要なのです。
つまりこのときに頭の中がPOSになっていなければならないのです。
患者さんとお話をする中で、「この方が一番困っていることはなんだろうか。」「この方に薬剤師としてお役に立てることはどんなことだろうか。」と問題点ごとにSOAP分析をしていくことがPOSの本質なのです。患者さんとのお話は今まで通りで、いざ薬歴を書くときだけSOAPと言ってみても書けるものではないのです。
その点をぜひしっかりと押さえておいていただきたいと思います。
それではその問題点はどのように見つけていくのでしょうか。
ここで大切なのが患者さんとのコミュニケーションスキルです。
例えば、「お薬ちゃんと飲んでいますか?」と聞いたとしましょう。たいていの方は「はい。」と答えると思います。しかし本当にちゃんと飲んでいる方は、どちらかというと少ないのではないでしょうか。このような聞き方をすれば、ほとんどの方が「はい。」と答えてしまうのです。
どのような質問をどのような聞き方でするのか。これが最も大切なことになります。
コミュニケーションスキルを学んで、出来るだけ患者さんの本心に近いことを、短い時間の中で話していただけるように努力してみてください。
ここで一つ質問をするコツをお話するとすれば、それは出来るだけ患者さんの感情に着目してみることです。「今どんなお気持ちですか?」とか、「あなたはどう思われますか?」とか、患者さんの「気持ち」を聞いていくことです。
人は心の中で同時にいくつものことを考えることは出来ません。今一番気になっていることがその瞬間心の中を占めていますから、気持ちを聞くことにより、つい一番気になっていること、つまり本音を口にしてしまうものなのです。
皆さんは「閉じた質問」と「開いた質問」というのをご存知でしょうか。
「今日の朝ご飯は召し上がりましたか?」というように、「はい」とか「いいえ」とか、一言で答えられるのが「閉じた質問」。
「どうなされたのですか?」のように、何か自分の言葉でしゃべらなければならないような質問が「開いた質問」です。
ここでは「開いた質問」を多く用いるようにして、それも出来るだけ「どうしましたか?」とか「どうしてですか?」というように、状態や理由を聞くのではなくて、「どう思いますか?」とか「どうしたいですか?」というように、患者さんの気持ちを聞いてみるようにしてみてください。すると患者さんはどうしても、そのとき一番気になっていることを話してしまうのです。
それを話してもらえさえすれば、それが薬剤師としてケアすべきことなのか、あるいはそうではないのか、判断できると思います。
感情に着目して気持ちを聞いていく。
ぜひ実際にやってみてください。患者さんとのやり取りに行き詰まりを感じている薬剤師の方にとっては、驚くほど会話の幅が広がることを実感されることでしょう。
さてそれでは具体的にはどんな質問をすれば良いのか、それを考えてみましょう。
初めからある程度問題点の見当がつく場合や、患者さんの方から何かを質問してくださった場合は良いのですが、何もない場合は、何かこちらから質問して、コミュニケーションを取らなければなりません。
ここで必ず聞いておきたいことは、「医師からどんな説明を受け、それをどんなふうに患者さんは受け取ったのか。」ということです。
「先生はどんな風におっしゃっていましたか?」とか、「先生からはどんな説明がありましたか?」というように質問してみてください。病気についても、薬についても、薬剤師は医師のように自分で診断して自分で治療方針を決定するわけではありません。薬剤師のケアは、患者さんが医師からどんな説明を受け、それをどう理解して、どう認識しているかを把握するところから始まるのです。
この患者さんの認識のことを「薬識」といいます。「薬識」をできるだけ患者さんの心の中の状態に近い形で把握することが、ケアの出発点になるのです。
もし患者さんが医師からの説明を多少誤解したり、あるいは一部分しか理解できていなかったとしたら、薬剤師としてはその「薬識」を出来るだけ正しいものに近づけるようにケアする必要があります。しかしそのためには、「医師がどう説明して、それをどう受け取ったのか」がわからないことには、薬剤師としてのケアを始めることが出来ないのです。
常にこの「薬識」をできるだけ正確に把握することを目指して、感情に着目し、質問をして行って下さい。
ここで大切なことは、「薬識」とは単に薬のことを知っているだけでは不十分であるということです。薬物治療を行っていく上で、その動機付けとなる気持ちを持てるようなものでなければならないのです。
その薬が自分にとってどれほど重要なものかという認識までを含めた、大きな概念として理解してください。
次にPOSの手順に基づいた問題点の抽出の仕方と、その対応についてお話いたします。
薬局窓口において患者さんとお話して「この方はこんな点を気にしている。不安を持っている。」と、Problemとおぼしき問題が見つかったとしましょう。しかしこの時点ではあくまで薬剤師である私達が、「この患者さんの問題点はここであろう。」と想像したに過ぎません。ベテランの薬剤師であればあるほど、その想像はあたっていることが多いのでしょうが、本当にそれが今の問題点なのか、本当にその想像が当たっているのか、患者さん本人に確認してみなければわかりません。
私は服薬指導が一方的で心が通わないものになりがちな理由は、ここにあると思っています。限られた時間の中で適確に患者さんの心に私たちの言葉が届くためには、患者さんがまさに欲している一言を言う必要があるのです。患者さんの心に響く言葉をうまく見つける必要があるのです。
そのためには「きっとここがProblemであろう」と思ったら、すぐにそれに対する答えを話してしまうのではなくて、本当にそれで当たっているのか、必ず確かめてみることです。このコツをつかむだけで、患者さんからの信頼が驚くほど高まることを実感できるはずです。
つまりProblemを確定してそれを解決するためのケアへ向かうためには、「Problemの推定」−「患者さんへの確認」−「実際の対応」というステップを踏む必要があるのです。
最後に患者さんとのコミュニケーションでとても重要なポイントを一つだけお話いたします。
それは言語によるコミュニケーションよりも非言語によるコミュニケーションを、しっかりと受け取るように心がけることです。
患者さんがお話になる言葉そのものよりも、表情の変化や身振り手振りなどのボディランゲージの方が、患者さんの心を率直に表していることが多いのです。
人は時に心とは裏腹なことを言うことがあります。
言葉では「大丈夫」と言っていながら心では助けを求めていたり、ある質問をした患者さんが本当に聞きたかったことは、その質問の答えではないことも多くあります。何かわかって欲しい気持ちがあるときに、それに関連することを「質問」という行為で表すことがあるのです。
そんなときに質問にそのまま答えるだけでは、患者さんの心を捉えることは出来ません。
しかし患者さんの表情をよく観察していると、本当は何を訴えたいのか、必ずそのヒントを見つけ出すことができます。
表面的な対応ではなくて、心から「この患者さんの役に立ちたい」と念じ、患者さんを愛情深き目でもってよく観察してください。そうすれば必ずそのサインに気付くことが出来るはずです。
私がよく使う言葉に「医療は愛である。」という言葉があります。
そういう心で接するならば、必ず患者さんの心の訴えを受け取ることができるはずです。私はそう思っています。
そのときに役立つ考え方がPOSであり、問題点ごとに分割整理されたSOAP 分析なのです。POSを単に薬歴の形式として捉えるのではなく、医療の行動原理として捉え、患者さんの信頼を勝ち得ていただきたいと思います。
院外処方せんの発行は40パーセントを超えるまでに進んでまいりました。しかし日本の文化の中に「医薬分業」という文化がしっかりと定着するまでには、まだまだ私たち薬剤師の現場での努力が必要だと思います。
一人一人の患者さんに満足していただき、「医薬分業で良かった。」「薬剤師に私の薬を見てもらえて良かった。」と思ってもらえるように、がんばって行きたいと思います。