POSを始めよう!

                                   岡村祐聡 著


目次

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1.POSを始めよう!

2.SOAP形式で記録するとは?

《参考文献》


1.POSを始めよう!

1−1.はじめに

当薬局ではオープン当初より、薬歴にはPOS形式を導入するように準備を進めていました。しかし実際はどうですか?プロブレムリストは埋まりましたか?”S”や”O”の項目は書いてありますか?やはり「何か一言書く」以上のことは出来ていないのではないかと思います。

 何故でしょうか?

 POS形式の薬歴簿(つまり薬歴を書く紙のことですね)は用意したし、出来るだけ手間を省くために処方歴はラベル打出しに変更致しました。じゃあ後は書くだけですね?さあ、どうぞ!・・ん?そこから先が分からないって?・・・そうなんですよ。とりあえずPOSの形式は知っていても、いざ書こうとすると分からないことだらけなのです。(よね?) でも、分からないからってそのまま放っておいたのでは、いつまで経っても先に進めません。そこでこの”POSを始めよう”を書いてみることにしました。と言ったって、斯く言う私もPOSが完璧に分かっているわけではありません。私も勉強しながらこの文章を書いて行きます。ですから、これを読む皆さんも一緒に勉強して行って戴きたいと思います。

 資料、文献は必ず毎回明記します。ぜひ少しでも興味を覚えたり、疑問を感じたりした項目は、もとの文献に直接あたってみてください。そして何か分かったことがあったら、必ず私にも教えてください。(お願いしますよ・・・(^_^)

 それから、この文章を読むときのお約束なのですが、ただの”お話”として漠然と読むことは絶対にやめてください。必ず自分で実際に書くことを想定して読み進めてください。そして全ての場面で、今まで自分が出会った本当の患者さんを思い浮かべながら、”こういう場合はどうなるかな?”とか、”こんな患者さんのときはこうすればいいのか”とかいった具合に、いろいろなケースにあてはめて類推していってください。そうすればきっと、窓口に立って患者さんとお話しながらでも、プロブレムが見つけられるようになって行けることでしょう。

 本屋さんの専門書のコーナーに行って、POSと名の付く本を探してみれば分かると思いますが、薬剤師の、それも調剤薬局の薬剤師のためのPOSの文献は、ほとんどありません。(見たことあります?もし見つけたら、本当にもし見つけたら、私にも絶対教えてくださいね)やっと見つけたと思った中木先生の「薬剤師のためのPOS」や早川先生の「使いやすいPOS」も、主な対象は院内の薬剤師の病棟業務、つまり入院患者を想定したもののようです。さあ困った。我々には教科書がないのです。つまり、日本全国のPOSを志す開局薬剤師の先生方も、みんな我々と同じ様に途方にくれながら試行錯誤を繰返し、頑張っているのです。それならば、我々今川薬局において、我々の手で”調剤薬局のためのPOS”を打ち立てようではありませんか!

幸いにして我々の良いお手本に看護婦さんたちがいます。看護婦さんたちは20年以上かかって看護におけるPOSの概念を打ち立てました。そして日本では医師よりも看護婦の世界のほうでPOSが普及してます。その試行錯誤の過程が我々の切り開いて行かなければならない道のりにおいても、きっと良き道しるべとなってくれるに違いありません。さあ!張り切って行きましょう!

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1−2.一体POSって何ですか?

POSとは、「Problem Ori・・・

 ちょっと待ってください。この文章はPOSそのものを説明するのが目的ではありませんので、POSそのものについては文献に直接あたってください。では、ここでは何を言いたいのかというと、「POSを取り入れるってどういうこと?」と言うことです。別の言い方をすれば、「POSがなぜ重要か、又は、POSを取り入れると、どういう良い事があるのか?」と言ったことになるでしょう。

 その前に、POSをなんて読んでいますか?まさか”ポス”なんて読んでいないでしょうね。必ず”ピー・オー・エス”って読んでください。どうして?って言われると説明は出来ないのですが、時たま学会発表などでも”ポス”と読んでいる人がいますけど、コンビニなどで使っているPOS(これは普通”ポス”と読みます。ちなみにこれはpoint of salesの略です。)を連想してしまって、あまり格好の良いものではありません。中木先生もおっしゃっているとおり、我々は、”ピー・オー・エス”で行きましょう。

さて「POSって?・・」という話でしたね。看護婦さんがPOSに取り組むと、必ず大きな副作用が報告されていました。いきなり副作用なんて!とお思いでしょうが、その副作用とは、”POSに熱心になるあまり、仕事に一生懸命になりすぎて、困る。”と言うものでした。ではなぜ過熱気味になるほど熱心になってしまうのでしょうか。その理由を考えるためには、まず自分達がPOSをやるのに何が一番むづかしいかを考えてみてください。

さあ、何がむづかしいですか?やはり、プロブレムを見つけることではないでしょうか。

何故でしょう?

プロブレムとは、文字どおり問題点ですよね。”問題点”と言うからには、どういう状態なら”問題が無い”と言えるのかが分かっていないと、”問題”は発見できません。そうですよね。では、どういう状態が”問題が無い”状態なのでしょうか。

飲み方もすべて分かっている。飲み忘れもないようだ。薬についてもまあまあ知っている。よし、問題無し!

本当ですか?何かもう一つつかみどころがないというか、どうもしっくりこない感じはありませんか?毎回”変わりありません”だけで本当に良いのでしょうか。もしそれで良いのなら、通院治療している大方の慢性疾患の患者さんには、我々調剤薬局の薬剤師は何をケアすれば良いのでしょうか。そもそも、調剤薬局って何をすることなのでしょうか。ん〜ん。だんだんわけが分からなくなってきましたね。つまり、そもそも”調剤薬局で行うべき医療とは何か”が分かっていないと、POSを始めることすら出来ないということなのです。もっと言ってしまえば、薬剤師とは何のために必要なのか、医薬分業した上での薬剤師の役割とは何か・・・全てが自分の中に明確になっていないと先へ進めないのです。

ここですよ。POSの最大の利点は。

プロブレムごとにSOAPを考えていくPOSのシステムは、まずプロブレムを明確化しなければなりません。そのためには、自分達の専門性を明確にしなければなりません。なぜならば、自分の専門性が明確でないと、言い換えれば自分が患者さんに何を(どんな医療を)提供したいかが分かっていないと、何が問題かをとらえることが出来ないからです。つまり、医療システムの中での我々薬剤師の専門性(もっと言ってしまえば存在意義)が問われているわけです。専門性が問われると、そのことについていやでも深く考えざるを得ません。考えれば考えるほど、自分達の提供すべき医療サービスについて理解も深まり、当然熱心に取り組むようになるはずです。そしてその当然の結果として、医療の質そのものが向上して行きます。

Problem Oriented System”の”System”は、単なる記録作成のための”きまり”ではないのです。問題解決技法をベースにした、医療の行動システムです。このPOSというシステムを取り入れることにより、医療の質を向上させることが出来るというわけです。

これで”POSって何ですか?”の一つの答えが分かりました。端的な言い方をすれば、”POSとは医療の質を向上させるための方法論(システム)の一つである。”と言えるわけです。もう一度言いますが、POSは単なる薬歴の書き方の決まりではないのです。我々が提供すべき医療そのものの行動システムなのです。ここのところをしっかりと押さえて勉強を進めて行きましょう。

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1−3.薬識って知っていますか?

さて皆さんは、”薬識”という言葉をご存じでしょうか。あれ?POSの話じゃなかったの?なんて言わないでくださいね。私はこの”薬識”という概念が、服薬ケアに大きな意味を持つと考えています。もちろんPOSとも関係があります。もし初めて聞いたという人は、「調剤と情報」の連載、「イラストで考える薬識」を読み返してみてください。

そこにも書いてありますが、この言葉は元名城大学の二宮先生達が提唱されているもので、まったく新しい概念です。しかしその内容そのものは、これまでも窓口で患者さんとお話するときに、いつも誰もが考えていたことなのではないでしょうか。

この薬識という概念を使うと、プロブレムの抽出がもう少し分かりやすくなってくると私は思うのです。

つまりこういう事です。

患者さんには誰にもその時々での薬識と言うものがあります。同じ様に病識と言うものもあります。ここで大事なのは、”この時々で”の部分なのです。患者さんは同じ、薬もDo処方、病状もほとんど変化なし、であっても、前回来たときのその患者さんが持っている薬識と、今回持っている薬識とは同じではないのです。(詳しくは、「調剤と情報」をごらんください)そして、その時患者さんが持っている薬識と、薬物治療が最も効果的に表われる理想的な薬識との違いがプロブレムと言うわけです。

そう考えると、プロブレムの無い患者さんなんていない気がしませんか?「何をプロブレムとしていいか分からない」という悩みが嘘のように消えてしまいます。

更に、服薬ケアとは”今、目の前の患者さんが持っている薬識を、理想的な薬識に近付けること”と言ってもいいかも知れません。

これも良いですねえ。だって、「いつも同じだから何も言うことがない」という患者さんはいなくなってしまうわけですから。

中木先生はこの辺りを”医療概念モデル”の考え方で説明されていますが、私は薬識の概念を用いた方がとらえやすいと思うのです。どうぞ皆さんもこの辺りをよく考えてみてください。

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1−4.カウンセリング・テクニックについて

そしてもう一つ。カウンセリング・テクニックについても触れておきたいと思います。

私は今後の調剤薬局において、カウンセリング・テクニックの修得は必要不可欠なものであると考えています。詳しくはヘルスカウンセリング研究室で考えていただくことしますが、いずれにしろ患者さんのプロブレムを探るに当たっては(それも限られた時間にですよ)、それなりのテクニックが必要なことは論を待たないでしょう。

(だって、「何か問題はありませんか?」と質問して、「はい、これとこれが問題点です。」と言って、自分で問題点を挙げてくれる患者さんなんていませんからね。)

突然カウンセリング・テクニックなどど言われて面食らっている人もいるかも知れませんが、宗像先生によると、カウンセリング・テクニックは勉強することによって誰でも必ず身につけることができると言うことです。少しは安心してくれましたか?とにかく、あまりむつかしく考えずに、先ずはやってみることにしましょう。

 さあ今回は前置きばかりになってしまいました。しかし、これから勉強すべき大切なポイントはすべておさえているはずです。どうか皆さんも積極的に取り組んで行ってください。

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2.SOAP形式で記録するとは?

2−1.まずは形から。形はいたってカンタンです。

さて前章では、POSってどういうモノ?ということを考えてみました。大事なことがいくつかありましたよね。覚えていますか?

まず、POSは薬歴を書くための決まりではなく、医療そのものの行動システムである。そしてこのシステムを導入するにあたっては、薬剤師としての(調剤薬局としての)専門性の確立が必要である。つまり、自分達がどんな医療を提供して行きたいのかを明確にしなければならなかったわけです。

そして薬識という概念と、カウンセリング・テクニックが大切ですよと言うことでした。

ここまではいいですね。では実際にはどうすれば良いのでしょうか。そこでまず復習です。(各自すでに文献で勉強しているはずですよね!?さあ復習してみましょう。)

 POSとはProblem Oriented Systemの略でしたね。Problem Oriented Systemとは、通常「問題志向システム」と訳されます。つまり「問題」を「志向」する「システム」と言うわけです。ん〜。(もうすでに勉強している皆さんは別として)これだけでは良く分かりませんね。では、どの本を見ても必ず出てくるこの表を見てみましょう。

 経過記録の手法

#(問題点:プロブレム)

     薬剤師の立場から見出される改善すべき問題点。

 

 S(Subjective)

    患者さんが直接提供する主観的な情報、全身状態。

 O(objective)

    体温、血圧、血糖値、その他検査データなどの客観的事実。

 A(assessment)

    それらの情報・事実から導き出される評価。

 P(plan)

    問題点を解決するためにとられる手段・方法。

これがいわゆるSOAP(ソープ)形式です。(ちょっと余談ですがこれはソープと読まれることが多いようです。POSを作られたL.Weed先生が御自身でもソープと呼んでいたようです。”洗い出し”と掛けているのかもしれません。)

 (S)は主観的(O)は客観的な情報です。これをきちんと分けていくことは、少し練習がいるかもしれません。従来の「何か一言書く」だけの薬歴では、これらがごちゃ混ぜになって書かれていたわけですね。(本当はSとOだけでなく、AもPも一緒になっちゃっていましたね。たぶん。)それではこのあたりをもう少し細かく見て行きましょうか。

 (S)はこのプロブレムに関して薬剤師が着目した、患者さんにとって主観的な情報です。患者さんの訴えや自覚症状などをなるべくそのまま書き表してください。なによりも患者さんの立場を考慮に入れるために、必ず最初に書かれます。すべてのプロブレムはここから始まるわけです。まあ、これは一番簡単でしょう。ただ一つだけ、つぎの(O)と混同しないように気をつけてください。

(O)はこのプロブレムに関して薬剤師が着目した、患者さんにとって客観的な情報です。さて、こちらの方がちょっとむづかしいでしょう。でも、(S)との区別がしっかりできるようになれば、そんなにむづかしい話ではありません。

医師の場合は診察所見や検査成績、画像診断などがここに含まれます。でも我々は、通常は検査結果などは見ることが出来ない場合が多いし、薬剤師的”診断”(とりあえずこう呼んでみました。このあたりの話は後程改めて取り上げるつもりです。)の観点からも、中心は薬剤師の目から見た患者さんの様子のようなものになって来ると思います。

ただ、血圧や血糖値のような患者さんが日常的に扱っている数字は、直接患者さんの薬識に大きな影響を与えますので、大切にする必要があります。

しかし、日常的なものでない検査の結果は、数字そのものよりもその数字が(もしくはその検査が)何を表すかをガイダンスすることの方が、患者さんの薬識に対する影響は大きいと思います。患者さんがどうとらえているか、つまり、患者さんの薬識がどういう状態かを良く見極め、ガイダンスする必要があります。

(A)はアセスメント。このプロブレムの(S)や(O)についての分析および評価です。なかなかアセスメントといわれてすぐにはイメージがわかないかもしれませんが、(S)と(O)をどう解釈し、分析・統合してそのプロブレムを導き出したかという思考過程をそのまま書いてくだされば結構です。

そしてもう一つここに入るものが”患者目標”です。薬剤師として患者さんに介入した結果、患者さんにどのようになって欲しいかということと、その達成期日です。ここで大切なのは、患者目標は患者さんを主語とした行動目標であると言うことです。これを薬剤師を主語にして説明する、理解してもらう、などとしておくと、薬剤師が一方的に説明しまくって・・終わり。となってしまいかねません。(これまでも良く見られた光景ですね。)

そしてそんな場合、その達成度はどうやったら確かめられますか?患者さんに理解できましたか?と質問してみてください。大概の患者さんは元気良く「ハイ。」と答えてくださるでしょう。ところが次回来局した際に確かめてみると・・・・!?(皆さんも経験ありますよね。)

では、”患者さんが”説明できる、述べることができるとしておくと・・・?そう、実際に患者さんに説明してもらえばいいわけです。これなら簡単ですよね。そしてこの患者目標はプロブレムが解決された姿を具体化したものになります。と、言うことは・・

もしあなたがプロブレムを整理しきれなくてプロブレムを空欄のままSOAPを書き始めたなら、ここでプロブレムが書けるわけです。だってこの患者目標の裏返し(つまり患者目標があるべき姿だとすると、それが欠けている状態)がプロブレムなわけです。(それでもネーミングに少々工夫がいりますけどね。)

そして(P)は計画です。中木先生は診断、治療、教育の3つの要素にわけてとおっしゃっています。プロブレムが大きくなってしまうと、やはり計画は細かくわける必要があるでしょう。しかし、慣れないうちは、プロブレム自体を細かく細分化して、計画は単純にしてもいいかもしれません。ただその場合でも、3つの要素をごちゃ混ぜにして1つのプランを立てるのではなく、考えるにあたってはDx、Rx、Ex、を明確に分類しながら、実際の計画は、「今日はExだけにする」という形で計画を1つに絞って行けばいいのではないでしょうか。

いずれにしろ、我々調剤薬局の窓口における持ち時間は非常に限られています。1回の来局時に出来ることはほんのわずかです。欲張らずに、少しづつ計画を立て、実行して行きましょう。

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2−2.ソープ遊びをしましょう。

 ソ、ソープ遊び!?

そうなんです。SOAPそのものの説明も、しようと思えばまだまだたくさんあるのですが、詳しくは直接文献にあたってもらうとして、ここで少しソープを実際に書く練習をしてみたいと思います。

山下先生の「初心者のためのPOSワークブック」にある例に従って、皆さんもSOAPを書いてみてください。例えばこんな風です。

@(S)隣の犬の鳴き声がうるさい。

 (O)覗いてみたら鎖が足にからまっているようだ。

 (A)取ってあげれば泣き止むだろう。

 (P)隣に行って、からまった鎖を解いて上げよう。

こんな感じですかね。もう一つやってみましょうか。

A(S)車で走っていたら雨が降ってきて前がよく見えなくなってきた。

 (O)ガラスの内側が曇ってきたようだ。

 (A)雨でガラスが冷えているのだろう。

 (P)クーラーを入れてデフをかけよう。

ん〜ん。あまり例が良くないかな。これは。もう一つやってみましょうか。

B(S)子供が泣きながら帰ってきた。

 (O)膝を擦りむいたようだ。血が出ている。

 (A)転んだのかしら、それとも喧嘩かな?

 (P)Rx:とにかく傷の手当てをしてあげなきゃ。

    Dx:何があったか良く聞いてみよう。

    Ex:もう大丈夫だから泣かなくていいと話して、安心させてあげよう。

(P)を3つの要素にわけて書いてみました。この順番は変えても構いません。まずやるべきことから書いてみましょう。

この例の場合、まずは傷の手当てをしてから(実際には、手当てをしながらでしょうね。)話を聞いてみるということです。どうですか?いろいろ書いてみると、こんな場合はどうするんだろうとか、なるほどこんなふうにやればいいのかとか、出てくると思います。そうですね、1人20個ぐらいは作ってみてください。そして皆で見せあって検討会を開いてみてください。やってるうちに段々簡単に思えてくるはずです。

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2−3.SOAP形式の御利益は、どこにあるのでしょう。

 SOAPについても分かりました。練習の仕方も紹介しました。それでは皆さんにSOAPの練習してもらっている間に(練習してくださいよ、本当に)、SOAP形式で記録することの意味を考えてみたいと思います。

その第一はすばり”考えるための道具である”と言うことです。薬歴ってそもそも何のためにつけていますか?単に記録を残すためだけですか?もちろん記録を残すことは、大きな目的の一つでしょう。でも、他にも大きな働きがあるのです。それは、SOAP形式で記録を書くと、つまりPOMR(Problem Oriented Medical Record)を書くことにより、書きながら考えることが出来るのです。

そして第2は、”チーム医療の共通のシステムとして機能する”ことでしょう。つまり、対応する人が変わっても同じ医療が継続して行えるということです。これは分かりますよね。患者さんがどんな状態であるかが誰にでもわかるための、目次の様な役割をはたしているのです。ちょうど本にはタイトルや目次があって、どんな内容の本かはそれを見れば大体分かるようになっていますよね。それと同じような役目だと思えば分かりやすいでしょう。

さあ、「考えるって何を?」なんて情けないことは言わないでください。でもやはり、”考えて薬を出す”ことなんて今までなかったかも知れませんね。

いやもちろん、間違いはないかとか、用量は適切かとか、飲み合わせは大丈夫かとか、そういったことはこれまでもきちんと考えていたと思います。そしてそれは、いつだってとても大切な薬剤師の仕事の一つです。でも、この患者さんを治癒に導くためにはとか、QOLをどうやって向上させるかとか(つまり、いつも言っている”どんな医療を提供するか”ということですね)、・・・・どうですか?

ん〜ん。充分にわかっていたつもりではあっても、実際に処方を扱っているときにいちいち”この患者さんのQOLの向上の為には”なんて考えてはいませんでしたね。それならば、これからどうやって考えて行けば良いかを考えてみましょう。

参考のために、ドクターがPOMRによりどんな良いことがあったかという話を、引用してみます。

前出の「初心者のためのPOSワークブック」の中で山下先生は次のようにおっしゃっています。

『PMP(patient management problems)という紙のうえで患者を診て診断治療をシュミレーションするテストの一種で、カルテを書きながら治療していった同僚は患者を直すことが出来て、カルテを書かずに治療して行った自分は、患者が死んでしまった。その時、カルテはただの記録ではなく、数学を解くときに使う計算用紙のように書きながら考える道具なのだと良く分かった。そしてPOSだと、「診断」ではなく「アセスメント」となっているので、考えたこと(あるいは考えている途中のこと)を自由に書くことが出来る。(つまり、書きながら考えることがやりやすい。)また、チーム医療を行うとき記入の形式を統一されており、プロブレムリストや(A)、(P)により、前の担当者が何を考え、どうしたいかが良く分かり、医療が効率良く継続されて行く事が出来る。』とこういうわけなのです。

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2−4.SOAP形式は、調剤薬局でも御利益ありますか?

さてこの話を我々開局薬剤師の立場に置き換えてみましょう。

例えば、初めての患者さんが来局したとしましょう。

まずどんな患者さんなのか情報を集めます。最大の情報源は、処方箋です。保険証もそうですね。そして患者さんの顔色、身なり、表情などの様子も重要な情報です。初回は簡単な問診表を書いてもらいますね。問診表に書いてくれたことも大事ですが、その一連の初診受付の動作により簡単なADLのチェックも出来るはずです。こう考えると、我々調剤薬局に於けるデータベースもけっこうあるんですよね。

そして調剤が出来たら窓口で薬を渡します。このときゆっくり話し込めればいいのですが、通常は2〜3言葉を交わせれば良い方でしょう。

そのわずかな時間に、データベース分析の4つのステップを一瞬のうちにやってしまって、プロブレムを把握し、指導計画を立て、直ちに実行できれば、素晴らしい。あなたはベテランです。

でも実際はそうは問屋がおろさない。

そこでまずは(S)と(O)を書くわけです。実際問題どうするかは、後程改めて触れるつもりでおりますが、(S)と(O)が直ぐに書けなければ、得た情報の羅列でも構いません。(ま、今はこの情報の羅列だけやっているわけですね。)そして患者さんが帰った後、その情報の羅列の中から、(1)気づき(2)洗いだし(3)クラスタリング(4)ネーミングのプロセスにより分析していくわけですが、これをSOAPを書きながら行うわけです。

ところで医療とは、ネーミングされた概念に対して行うものなのです。(ちょっとむづかしいですが、ここは大事なところなのでしっかり理解してくださいね。)

医師は、常に目の前の患者さんから医療を施すべき概念の抽出を行っています。それが診断です。

看護婦さん達もPOSに取り組む過程で看護診断を確立してきました。つまり、医療を施すことが必要な状態を一つの概念として抽出して(言い換えると、健康であるという概念からどれだけ離れているかを把握して)、それが分かりやすいように呼び名を付けるわけです。(これがネーミングですね。)そして、その概念に対し医療行為を行うのです。

この概念の抽出をやっていなかったと思うのですよ。我々は。だから、プロブレムが書けないのだと思うのです。

つまりこの概念の抽出ができるようになれば良いのです。それがむづかしいのに・・ですって?でも、そんなに心配することはありません。だってそれを簡単にやってしまうことが出来るのがPOSなのですから。そう、SOAPを書きながら考えて行けば良いのです。

SOAP形式で考えながら薬歴を書いていくと、次にその薬歴を見た人は、前回書いた人がどう考えたかが、考えた道すじ含めて分かるようになります。そうすれば、単にどんな指導をしたかだけを書いてある従来通りの薬歴よりも、より継続性の高い服薬ケアを一貫して行えることは明らかでしょう。

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2−5.とにかくやってみよう!

さて、いろいろ考えてきました。これからももっと突っ込んで考えて行くつもりですが、そろそろ本当にSOAP形式で薬歴を書き始めませんか?えっ?もうやってる?それは素晴らしい。1日1人でもいいです。出来そうな患者さんからでいいですから、とにかく実際に書いてみてください。そして今回練習したSOAP形式を実際の患者さんの症例にぶつかりながら書いてみて欲しいのです。

そして、「こんな時はどうするんだろう」とか、「これであってるかなあ」とか、皆であれこれ考えてみて欲しいのです。最低1日1人。そして他にも書けそうな人がいたら、順次増やして行ってください。

 日野原先生の「POSの基礎と実践」の中の症例に、在宅療養者の看護記録があります。在宅療養において出会う患者は、多くの場合年齢が高く、経過が慢性的です。従って、

@あまり急激な症状の変化が少なく、

A変化があってもあまり目立たず、

B経過がきわめて長く、

C疾病そのもの以外の、精神的、人間関係的、家族的、社会的、各種の問題が多く、

Dそれらの問題発見(また解決)に時間がかかり、

E多くの問題は解決できないままに残っている、

という特徴が見られます。

何だか他の症例に比べて、我々調剤薬局にいらっしゃる外来の患者さんに似ていませんか?そしてそのような対象患者に対して、POSを導入することにより、次のようなメリットがあるということです。それは、

@症状や各種の問題点の変化を把握しやすい。

A情報が整理され、患者さんが今思っていること、働きかけを必要とする問題が一目で分かる。

B一つの記録を見ることにより、関係者すべてが共通認識を持つことが出来る。

C記録するという行為そのものの中で、当面している問題状況の整理・分析、さらに次の行動計画が準備できる。

D医療行為の評価が記録の中で明らかにされる。

どうですか?今までプロブレムを見出すことが、入院患者より外来患者の方がむづかしいと思っていませんでしたか?つまり、急性で症状が明らかに変化していく患者さんの方が、そして入院していていつも自分の手の届くところにいる患者さんの方が、プロブレムもSOAPも立てやすいと思っていませんでしたか?

でも実際は、慢性で一見問題点を発見しにくい患者さんの方が、POSを導入した結果のメリットがあるということなのです。つまり情報が整理され、問題点の変化を把握しやすくなるのです。何だかうれしくなりますね。どうやら我々調剤薬局においても、POSを有効に活用出来るような気がしてきました。

で、実際の症例は・・・それは自分で原典を読んで参考にしてください。(ずる〜いなんて言わないこと。自分で勉強して初めて身につくのですよ・・・)

さあ、元気がでてきたところでとにかく実行あるのみ。先ずは、やってみてください。そして皆で実際に書いてみた症例を持ち寄って勉強会をやってみてください。(その成果は、私にも絶対教えてくださいね!)

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2−6.感情への着目を心がけてください。

実際にやってみるにあたって、今まで我々が以外におろそかにしてきたことを、一つだけお話してみたいと思います。

それは、感情への着目と言うことです。

「調剤薬局に於ける質の向上とは」のなかで、服薬指導の目的は患者さんの不安を取り除き、安心感と信頼感を差し上げることだと書きました。それは単に医者の言うとおり薬を飲んで、病気さえ直ればいいのではないと言うことです。薬を飲むことによって(あるいは薬を飲みつづけながら)、実際の生活上も、そして心情的にも、不安がなく、安心して穏やかに生活できること、つまりはQOLが向上することが最終目標なのです。

思い出してみてください。薬識気球の旅の最終目的地も、同じくQOLの向上でしたよね。それはつまり、本人が満足しているということですよね。本人が満足し、心穏やかに生きているということは、結果的に薬物治療の治療効果も期待できることになります。薬を飲みながら生活することを、本人が納得し、落ち着いた明るい心で前向きに生きて行こうとするとき、免疫機能が活性化されて病気が直りやすくなる(進行性の疾病の場合、進行が遅くなる。)ことは、さまざまな研究で報告されています。

つまり、患者さんの感情の問題、そしてその感情の状態とその推移が一番大切になってくるのです。

これまで窓口に立って患者さんとお話をしているとき、患者さんの感情に着目していたでしょうか?自分の説明が理解してもらえただろうかとか、どうも飲み忘れが多いようだとか、こんなこと言ってるとか、この間は分かったと言ったのにちゃんと飲んでいないとか、服薬に関する事柄ばかりに気を取られ、どう感じているか、どう思っているかについては、考えていないことが多かったのではないでしょうか。

でも、QOLって本人がどう感じているかが問題なのですよね。なるほど。感情への着目か。・・さてそう言われても・・実際はどうすればいいんでしょう。

そこでまたまた登場するのがカウンセリング・テクニックです。

前章では患者さんからの情報収集にあたって(短い時間に出来るだけ多くの情報を集めるために)カウンセリング・テクニックが役に立つという話をしました。これは、コミュニケーションのためのカウンセリングであり、言わば初級レベルのものです。つまり、リレーションづくりそのものが目的だったわけです。

そして次に中級レベルにおいて、問題解決のためのカウンセリングがあります。これはまさに患者さんの感情に着目し、その感情に応答していくことにより、患者さん自身による行動変容を手助けするものです。

薬識気球で言えば、砂袋を捨て、風船の口をしっかり縛り、目的地であるQOLの向上へ向けて、患者さん自身が舵を握り、気球の旅を始めることです。

さあどうですか?カウンセリングの勉強もしてみたくなってきませんか?そう。そう。その調子です。現場で役に立つ実践的な話も、もちろんこれからして行くつもりですが、もう少し”考え方”について話さなければいけないので、カウンセリングの実践法についてはもうちょっと後になります。それまでに、ぜひ直接文献にあたってみて、予習をしておいてください。きっとですよ!

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〈参考文献〉

1)中木高夫:POSなんて簡単さ,医学書院,1990

2)中木高夫:あすかちゃんのPOS,照林社,1990

3)中木高夫:薬剤師のためのPOS,薬業時報社,1996

4)二宮英,他:イラストで考える「薬識」,調剤と情報,Vol.1,No.7,8,10,1995.

5)宗像恒次,他:服薬指導のためのカウンセリングテクニック,株式会社ミクス,1995.

6)島田光明:保険薬局におけるPOSの実際,調剤と情報,Vol.1,No.3,4,6,1995.

7)保険調剤実務検討委員会:保険調剤実務の基礎講座第7回、薬歴の基礎,月刊薬事, Vol.37,No.7,1995.

8)山下徹:初心者のためのPOSワークブック,日総研出版,1989.

9)日野原重明:POS医療と医学教育の革新のための新しいシステム,医学書院, 1973.

10)吉岡優子,編:カルテの読み方と基礎知識,薬業時報社,1994.

11)日野原重明,他:POSの基礎と実践 看護記録の刷新をめざして,医学書院,1980.

12)岡村祐聡:調剤薬局に於ける質の向上とは,今川薬品(株)調剤事業部,1995.

13)井手口直子:薬剤師のためのカウンセリングワークショップ初級テキスト,アポプラスアカデミー,1995.

14)井手口直子:薬剤師のためのカウンセリングワークショップ中級テキスト,アポプラスアカデミー,1996.

15)早川達:使いやすいPOS POSがうまくいかない薬剤師さんへ,薬業時報社,1996

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