この論考は平成11年の春にある地方自治体の消費者向け小冊子のために書いたものです。小冊子自体の発行冊数があまり多くないようなので、お目に触れる機会が少なかったようです。
「文化としての医薬分業」を根付かせるためには、医療の主役である患者さん自身が自立して,自分が行う薬物治療に対して、判断と自己決定が出来るようになる必要があります。医療者は専門家として、それをサポートして行くのが本来の姿であると信じています。
そんな自立支援の役割を担うのに最も適した医療職は、薬局の薬剤師だと思います。そんな念いを込めて、患者さん向けに書いてみた文章です。
医者にかかったときに、薬は渡されずに処方せんを手渡されることが多くなってきました。どこでも好きな薬局へ行って薬をもらうように、というわけです。これは医薬分業と呼ばれる制度で、欧米諸国はみなこのような制度になっています。医薬分業の場合、病院から保険薬局まで足を運ばなければならないとか、現在の保険制度の中では、費用が多少高くつくなどのマイナス面もありますが、それを補って余りある大きな利点があることを忘れてはなりません。
薬は命に関わるとても大切なものです。自らの健康を維持し、クオリティ・オブ・ライフ(人生の質)を高めるために、医薬分業の制度を良く理解し、上手に活用しましょう。
医薬分業とは、診察をした医師が処方したい薬を処方せんに書いて患者に渡し、患者はそれを持って薬局へ行き、薬局の薬剤師から薬をもらう制度のことを言います。
医薬分業の一番の利点は、薬の専門家である薬剤師からそれぞれの患者の状態にあわせた適切な説明が聞けることでしょう。もちろん、処方内容そのものについても、専門家の目でチェックされるはずです。これは医師が処方した薬に対するダブルチェックという意味で、とても大切なことです。
医師は診断を下し、治療方針を決定すると、治療に必要な薬を処方し、その内容を書き記した処方せんを患者に渡します。患者は、病気や治療に関するトータルな説明を医師から受ける権利を有するだけでなく、薬や服薬に関する事柄は、専門家である薬局の薬剤師から直接説明を受ける権利を持つことになります。
これは、自分の治療に対するセカンドオピニオンと言う観点でも、重要な制度だと言えるでしょう。
意外に知られていないことなのですが、医薬分業の制度は最近出来たものではなく、その昔医療関係の法律が制定されたときから、原則的には医薬分業するように定められていました 。しかしその当時の日本には、処方せんを受けられる薬局が非常に少なかったため、患者の利益を守るための例外措置として、病院で薬を出すことを認めていたのです。それから現在までの長い間、病院で薬を出すことが続いてきましたが、近年になってこの法律の原則を守るように、指導が行われるようになってきました。医薬分業は古くて新しい制度と言えるかもしれませんね。
薬は、すべての人々に等しく効くわけではありません。薬の効き目は個人差が大変大きいものです。それはまた、副作用の危険性も個人差によるところが大きいということでもあります。
そんな個人的な体質などを記録するために、保険薬局では薬歴管理をきちんと行うように指導されています。
薬歴とは、患者がどんな薬を、どんなふうに飲み、どんな状態であるのかを記録し、そして薬局窓口で行われたケアの記録をしたもので、医師が書くカルテにあたるものです。保険薬局では、病院のカルテとは別に、薬局独自でその患者の服薬に関する記録をつけているわけです。
入院患者であれば、医師の目の届くところで生活もしていますから、薬の効き目を観察することも容易に行うことが出来ますし、副作用の発現にもすぐに気づいて、適切な処置を取ることが出来ます。ところが多くの外来へ通院している患者の場合、服薬自体は各自が日常生活の中で行うわけで、生活圏により近い薬局の薬剤師が、専門家としての独自の観点で記録するこの医療記録が、非常に大切な情報となってくるわけです。ここには、体質やアレルギー、過去の副作用歴など、その方が安心して薬を飲むのに必要な事柄がすべて記録され、患者が安全に薬物治療を行うために、大変役立っています。
日本のこの薬歴の制度は、世界に誇れる立派な制度です。保険薬局ではこの薬歴をもとに、同じ処方内での相互作用などのチェックだけでなく、あらゆる危険性をチェックして、患者の安全を守っています。
このように医薬分業の利点はいろいろあるわけですが、それだけではありません。たとえば、薬の用い方が一般的でなければ、薬局薬剤師は医師に処方について問い合わせをし、各々の患者に合わせて、くわしく説明し直すこともあります。
また、患者自身では飲んでいる薬との関係が分からない症状が、実はまだ知られていない副作用であったということを、発見できることもあります。
また、一般販売薬と処方薬の飲み合わせに関しては、医師よりもむしろ薬局の薬剤師の方が詳しいこともあるでしょう。
いずれにしろ、より安全に、安心して薬と付き合うために、医薬分業の制度を、賢く利用していきたいものです。
医薬分業になると多少費用が高くなるのは事実です。これは薬局が法的には病院とは独立した別の機関として扱われているからです。病院と薬局と両方で基本料や技術料などが加算されるため、その分多少高くなります。
どのくらい高くなるのか、気になるところですが、まったく同じ薬でも保険で定められた調剤技術料が、病院と薬局で計算方法が違うため、単純に「これだけ高くなる」と説明することができ出来ません。これが、費用が高くなることについて、すっきりしない原因の一つでもあります。
次に一つの例として、同じ処方で金額がいくら違ってくるか計算してみましたので、参考にしてください。この例では3割負担の方で980円高くなる計算になります。
しかし、費用云々も大事ではありますが、自分の人生の質(クオリティー・オブ・ライフ)を高めることに、積極的に目をむけることが、賢い選択と言えるのではないでしょうか。
処方例 内服1 A薬 B薬 C薬 分3毎食後14日分 内服2 D薬 E薬 分2朝夕食後14日分 内服3 F薬 分1寝る前14日分 外用 G薬
【院内で調剤した場合】 処方料370円+院内調剤料70円=合計440円
【院外処方にした場合】
<病院側> 処方料 810円 <薬局側> 調剤基本料 390円 薬歴管理料 320円 調剤料(内服) 700円×3=2100円 (外用) 100円 合計 2910円 総合計 810円+2910円=3720円
【院内と院外処方の差額】 3720円−440円=3280円(3割負担の場合980円)
※薬価など病院でも薬局でも同じものは計算に入れてありません。
※基本料などは薬局の規模に応じて金額に違いがありますので、このとおりにならないこともあります。
(平成10年現在)
薬歴をきちんとつけている薬局では、必ず問診票(他に併用している薬があるかどうかを聞いたり、アレルギーの有無を確認したりする、質問票)の記入を要請されるはずです。病院でも同じような質問をされているので、面倒だと感じる方も多いと思いますが、これは薬歴をもとに処方のチェックを行う上で、大切な基礎資料となるものです。積極的に情報提供することが、自分の安全のために役立つことになるわけです。
アメリカなどでは、自分のかかりつけの医者を「マイ・ドクター」として決めているように、かかりつけの薬局を「マイ・ファーマシー」と決めている人が多いと言われています。
かかりつけ薬局とは、このように自分の体質などを熟知した、安心して何でも相談できる薬剤師のいる薬局のことです。薬は出来るだけ一つの薬局を自分の「かかりつけ」と決めて、違う病院へかかったときも、そこでもらうようにしましょう。
高齢社会を迎え、高血圧、糖尿病などの生活習慣病が大半を占めている現代医療の目的は、救命救急ではなく、クオリティ・オブ・ライフ(人生の質)の向上にあると言われています。つまり、残りの人生をいかに良く生きるか、それを手助けするのが医療と言うわけです。質の高い、充実した人生を送るためには、そして健康に生きる権利を賢く享受するためには、自分が受けて知識を身につけ、主体的に治療に取り組めるように、患者自身が「賢い患者」になる努力をする必要があると、言えるのではないでしょうか。
「賢い患者」になるためには、最初からすべてを任せきりにせずに、自分自身が主体的に治療に関わっていくように努力する必要があります。
しかし、それは何も難しいことを言っているのではありません。難しい医学の専門知識を理解できなければ、「賢い患者」になれないわけではないのです。
「賢い患者」とは、勇気を持って説明を求め、出来る限り理解しようとする姿勢を見せることができる患者のことです。そして自分なりにきちんと納得できたならば、あとはその治療方針に従って、前向きに治療に取り組むことが出来る患者です。「えらい先生と評判だから…」と言って医師を選んでおきながら、実際には処方された薬に納得できないまま、かかり続けると言うようなことでは、「賢い患者」とは言えないでしょう。
皆さんはインフォームド・コンセントという言葉を聞いたことがあるでしょうか。
この言葉は現代の医療を特徴づける、非常に大切な言葉と言えるでしょう。通常は「説明と同意」と理解されていると思います。つまり、自分が受ける医療についてきちんとした説明を受けた上で、患者自身の同意のもとに治療を行って行くという考え方です。しかし実際にはそれだけでは捉え切れないもっと大きな意味合いを含んだ言葉だと思います。
ここまでの話を振り返ってみれば、その意味合いは明らかでしょう。医師が説明してくれるのを、ただ待つだけでは、インフォームド・コンセントは成り立たないのです。説明を求めるからには、患者の側にも、自分の治療に対して出来る限り理解をして、自分自身が主体的に治療に取り組む努力をする責任があると言うことです。
それが「賢い患者」です。そこまで自立した関係が成り立って初めて、インフォームド・コンセントが本当の意味で生きてくるのだと思います。
薬を飲み忘れてしまったり、自分で調節して飲んでいながら、「先生に怒られる」という理由で、その事を医師に内緒にしていることはありませんか?
医師は、自分が出した薬がすべて飲まれているということを前提として、症状を見ています。もし、医師の期待する効果が出ていないようなら、さらに薬の量を増やしたり、強い薬に変更したりする可能性があります。すると、本来必要な量よりかなり多く薬を飲まなくてはいけなくなって、副作用が強く出てしまったりする危険性が出てくるわけです。
そんな時は必ず医師に正確な服薬状況を伝えるようにしましょう。もし自分から言いにくいようなら、薬局の薬剤師に相談してみてください。重大な結果を招くようなことがあれば、医師に連絡するなり、適切な処置を取ってくれるはずです。
いずれの場合でも、自分の状況は何でも話し、そしてどんな事でも質問してみることです「賢い患者」になるためには、情報を適確に医師に伝え、そして自らも知ろうとすることが大切です。
薬のことについては、薬局の薬剤師を多いに利用しましょう。とにかく、まずは自分から声を出して聞いてみることです。必ず親切に答えてくれるはずです。
◎処方せんの有効期限は4日間
処方せんの有効期限は、処方されたその日を含めて4日間です。4日間を過ぎるとその処方せんでは薬をもらうことが出来なくなってしまいます。必ず4日以内に薬局へ行って薬をもらうようにしましょう。
◎保険証などは薬局でも必要です。
保険証などは、薬局でも出してください。薬局は病院とは別の機関ですので、保険など法的な手続きもすべて両方必要だと覚えておいてください。
また、老人健康手帳は毎回出す必要があります。それは、医療の記録の欄に、調剤した薬を記入する決まりになっているからです。忘れずに持っていきましょう。
◎かかりつけ薬局はどうやって決める?
自分がかかっている病院が院外処方になった、あるいはすでに医薬分業している病院にかかったときは、自宅や勤め先の近くの薬局へ、処方せんを持って相談に行ってみてください。その病院の処方せんを初めて受ける場合には、たまたま薬の在庫が無い場合もあります。しかし、処方せんをきちんと受けることが出来る薬局なら、手際良く手配してもらえるはずです。もし、親切に相談にのってもらえないようなことがあるなら、他の薬局を探した方が良いかもしれません。自分自身で信頼できる薬局を探しましょう。
古くはサリドマイドから最近では薬害エイズ問題まで、日本の薬事行政には薬害問題が常に付きまとってきました。医療技術では世界の先端を担うようになった日本で、なぜこのような悲劇がくりかえされるのでしょうか。
原因はいろいろ考えられます。そもそも問題のある物質が、薬として認可されていること自体がおかしいという意見があります。薬の認可の根拠となった医学論文の内容を問題視する向きもあります。これまでにも多くの医師や薬剤師達によって、さまざまな問題点が指摘されてきましたが、これらの問題を一気に改善することは、なかなか難しいようです。一つづつ解決していくしかないでしょう。
しかし、全く手立てが無いわけではありません。たとえあまり好ましくない薬が存在していたとしても、医療の現場でその薬を使わないようにすることによって、自分の関わった患者の安全は守ることが出来るわけです。
現に薬害エイズ問題でも、多くの医療機関で非加熱の血液製剤が大量に使われている中で、その危険性にいち早く着目し、クリオ製剤などを使い続けて、エイズ感染者を一人も出さなかった病院もあるのです。これは医療関係者の自覚と勇気ある行動の賜物と言えるでしょう。
それでは患者の立場では、どんな点を心がけていれば自分の健康を守ることが出来るのでしょうか。
一言で言えばやはり「賢い患者」になることでしょう。たとえ難しくて分からないことでも、一生懸命理解しようと努力して行くことです。一生懸命質問することです。そして本当に納得できるまではあいまいな返事はしないことです。
医療者とて人間です。こうした患者の側の真摯な態度が、医療者の側の熱意と勇気を呼び起こすことにもつながるはずです。何でも「お任せ」にするのでなく、自分自身が主体的に治療に関わっていこうとする姿勢を持ち続けることが大切だと思います。
その時に自分の知識だけでは理解できない事は、専門家である医師や薬剤師に助けを求めましょう。必ず適確な答えが返ってくるはずです。